Maker  Asics(アシックス)

取扱メーカーご紹介 アシックス

 

株式会社アシックス

http://www.asics.com/jp/ja-jp/

 

概要

アシックス(ASICS)のブランドで競技用シューズやスニーカー、アスレチックウェアなどを製造、販売する。スポーツシューズに強みを持ち、とりわけマラソン競技、バレーボールなどでは高いブランド力を持つ。

現在では国内の同業界内で、売上高一位を誇り、業界屈指の総合スポーツ用品企業の座に君臨する。

海外売上は年々拡大しており、2015年には海外売上比率76%を達成する等、グローバル企業として高い知名度を誇る。

ブランドコンサルティング会社インターブランドが発表した、日本発のグローバル・ブランド価値評価ランキング「Japan’s Best Global Brands 2016」では、17位に選出された。

アシックスに社名・商標を変更する以前のブランドであるオニツカタイガー(en)は、レトロな雰囲気からファッションアイテムとしての人気を呼び、現在では再び一般向けシューズのブランドとして製造販売されている。また80年代や90年代にスポーツシューズの代名詞として使われたアシックスタイガーも2015年に復活し、当時使われたハイテク素材に加えファッション製の高さで人気を集める。

海外にも進出しており、オニツカタイガーが、特に欧米で人気を集めている。シューズの他、スポーツウェア、アウトドア用品等の製造販売、輸入等も行っている。

東京五輪が開催される2020年末まで、国内最高位スポンサーである「ゴールドパートナー」の契約を東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会と結んだ。

2015年3月期の連結売上構成はスポーツシューズ81%、スポーツウエア14%、スポーツ用品5%となっている。

1980年代にはサイクルウェア(レーサージャージやツーリング用シューズ)も手がけていたがのちに撤退。

社名の由来

社名の由来は、古代ローマの作家ユウェナリスが唱えた「健全なる精神は健全なる身体にこそ宿るべし (Mens Sana in Corpore Sano)」という言葉から着想を得ている。Mens(才知、精神)をAnima(生命)に置き換え、「Anima Sana in Corpore Sano」の各文字の頭文字A・S・I・C・Sを並べたものである[1]。

1977年(昭和52年)の合併時に、3社の代表が集まる際に足が6本ある(人が3人)から「アシックス」(脚 six)になったという説[2]や、「足」と「靴」で「アシクツ」→「アシックス」になった、というものがあるが、都市伝説である(合併前からアシックスというブランド名は存在していた)。

沿革

鬼塚喜八郎が1949年(昭和24年)に神戸で興した鬼塚商会[3]がバスケットシューズの製造販売をしたことに始まる。その年9月に法人組織の鬼塚株式会社とした。

鬼塚は選手や監督に直接意見を聞き、シューズの改良を進めながら全国を営業して歩き、高校の運動部を中心に徐々にオニツカの製品が売れていった。鬼塚は、シューズのブランドを、新鮮で印象に残り、スポーツシューズにふさわしい強さと敏捷性を表すものとして「虎印」とした。虎印の商標権はすでに他社に取得されていたため[4]、鬼塚と組み合わせて「ONITUKA TIGER」印を横につけ、虎の絵の下にTigerの文字を入れたマークを靴底につけた。

1953年(昭和28年)からマラソンシューズの開発を開始、1956年(昭和31年)にオニツカタイガーがメルボルンオリンピック日本選手団用のトレーニングシューズとして正式採用され、スポーツ界での知名度はさらに高まった。

1958年(昭和33年)に生産子会社のオニツカ株式会社が存続会社となり、鬼塚株式会社、販売子会社の東京鬼塚株式会社を合併。

1961年(昭和36年)の毎日マラソン出場のために来日したアベベ・ビキラを鬼塚はホテルまで訪問し「裸足と同じぐらい軽い靴を提供するからぜひ履いてくれ」と説得し、シューズを提供。アベベはその靴を履いて毎日マラソンに優勝。1964年(昭和39年)の東京オリンピックでは、オニツカの靴を履いた選手が体操、レスリング、バレーボール、マラソンなどの競技で金メダル20個、銀メダル16個、銅メダル10個の合計46個を獲得(但しマラソン優勝のアベベは、このときはプーマを履いていた)。

1963年(昭和38年)に、当時休眠会社の中央産業株式会社が、オニツカ株式会社を吸収合併し「オニツカ株式会社」に商号変更(株式額面変更目的)。現在の株式会社アシックスは、この会社である。

1964年(昭和39年)2月に神戸証券取引所、同4月には大阪証券取引所(両市場とも現在の東京証券取引所)第2部に上場を果たすが、オリンピック景気の落ち込みに対し経営危機となり、1966年(昭和41年)には取引先に対し約束手形の支払を繰り延べてもらう事態も生じていたと後に鬼塚は語っている。またこの年、現在まで使用される「タイガーライン」が初めてシューズに装着された。

1972年(昭和47年)5月に東京証券取引所第2部、1974年(昭和49年)には同1部に指定替えとなった。1975年(昭和50年)にヨーロッパ市場に進出。

1977年(昭和52年)スポーツウェア・用具メーカーの株式会社ジィティオ、スポーツウェアメーカーのジェレンク株式会社と合併し、社名を株式会社アシックスに変更した。1985年(昭和60年)、神戸市のポートアイランドに新本社を建設し、スポーツ工学研究所も設置した。黒岩守が入社。

2007年(平成19年)にブランドマークを現在のタイプに変更。2008年(平成20年)に世界統一のブランドスローガン「sound mind sound body(サウンド・マインド・サウンド・ボディ)」を制定し、2009年(平成21年)には創業60周年を迎えた。

2010年(平成22年)スウェーデンの大手アウトドア用品メーカー「ホグロフス」を買収し子会社化[5]。

2013年(平成25年)にアシックスジャパン株式会社を設立して国内事業を移管し、アシックス関越販売などの販売子会社をアシックス販売株式会社に統合して、アシックスジャパン株式会社の100%子会社にした[6][7]。同年ブランドの再編が行われ、野球用品において長年結ばれていたローリングスとのライセンス契約を解消し、グラブ・バットなどの全野球用品を「アシックス」ブランドに統一し[8]、「タラスブルバ」[9]「ジェーンリバー」「メスカリート」等の自社アウトドアブランドの販売も終了した。

2014年、全国高等学校7人制ラグビーフットボール大会にアシックスカップとして冠協賛。

ナイキとの関係

ナイキの前身であるBRS社は、アメリカにおけるオニツカタイガーの販売代理店となっていた。スタンフォード大学で経済学を学んだ後、1963年(昭和38年)に卒業旅行で日本に立ち寄ったフィル・ナイトは、オニツカシューズの品質の高さと価格の安さに感銘を受けた。ナイトはすぐさまオニツカ社を訪ね、アメリカでのオニツカシューズの販売をやらせてほしいと依頼。オレゴン大学の陸上コーチだったビル・バウワーマンと共同でブルーリボンスポーツ(BRS)を設立し、オニツカの輸入販売代理業務を開始した。

アメリカ西海岸地域を中心に販売は好調だったが、その後BRSはナイキブランドを創設。初期のナイキシューズ(コルテッツ等)は日本製のものがほとんどだが、これらはオニツカ社から技術者の引き抜きなどを行い、福岡のアサヒコーポレーションで生産されたものであり、事実上ライバルメーカーへの仕入の切り替えであった。その後、オニツカ側がバウワーマンが考案したデザインやモデル名をそのまま使用し続けたためにBRS社から訴訟を提起され、和解金として1億数千万円を支払ったという[10]。

水着

アシックスは自社で水着など水泳用品も積極的に手がけており、日本水泳連盟から代表選手のための各種用品を提供するオフィシャルサプライヤー企業の一社に指定されている。

もともとはイタリアのディアナ社と提携関係にあり、競泳用もディアナブランドで出していたが、1980年代以降順次自社ブランドに切り替えた。しかし、SPEEDOと袂を分かったミズノとは異なり、ディアナ社との関係は完全に解消したわけではなく、ファッション性も重視される女性向けフィットネス用の分野では現在もディアナブランドで商品が発売されている。

日本のメーカーだけに特にアジア人の身体的特徴に合った水着開発能力が評価されており、中国などアジア圏では一定のシェアを誇る。専門の社員選手がいるというわけではないが、背泳ぎの中村礼子(東京スイミングセンター)と各種サポート契約を結んでおり、中村も商品開発に一定の協力を行っている。

主な商品(一部ブランドのみ)

ターサー - ランニングシューズ

スカイセンサー - ランニングシューズ

フリークス - ランニングシューズ

マラソン80 - ランニングシューズ

タイガーパウ - 陸上競技用スパイク

マラップ - マラソン用軽量シューズ

マラソンソーティ - マラソン用軽量シューズ

CALCETTO(カルチェット) - フットサルシューズ

DESTAQUE(デスタッキ) - フットサルシューズ

ローテ・GELALTA(ゲルアルタ) - バレーボールシューズ

SKY HAND(スカイハンド) - ハンドボールシューズ

フィーノ・プレステージライト - テニスシューズ

バード・ラッシング - バドミントンシューズ

GELBURST・GELTRIAX・GELZONE・GELHOOPDUO - バスケットボールシューズ

TIGRE(ティグレ)シリーズ、DS-LIGHTシリーズ、インジェクター、シャペ - サッカーシューズ

タイガーラグ - ラグビーシューズ

ミサイル - アメフト用シューズ

GELSTATES - ゴルフシューズ

パーフェクトプロ - ボウリングシューズ

アタック - 卓球シューズ

G-Ⅱ TREKKING - トレッキングブーツ

ワークアウト - フィットネス、エアロビクス用シューズ

オーダーコンポ - オリジナルユニフォーム作成システム

なお、前述のとおり野球用品はグラブの一流ブランド、米ローリングス社と2012年まで提携[11]していた。

オニツカタイガー - 「オニツカ」時代の主力スポーツシューズ。現在は60-70年代をイメージしたシューズ、バッグ、アパレルなどを展開。

ASICS TIGER - 80年代-90年代に主力だったスポーツシューズ。2015年にブランド復活、「asics」ロゴも当時のものが使われている。

SEED - 自然環境を配慮したシューズ。

WHIZZER

CHIMERA

SALUTIS(サルティス) - フィットネスウォーキング用シューズ

GIRO(ジーロ) - ウォーキング用オシャレ靴

PEDALA(ペダラ) - ウォーキング用シューズ

WALLAGE(ワラッジ) - ウォーキング用ビジネスシューズ

TARAS BOULBA(タラスブルバ)[12] - アウトドア・ライフスタイル・ウェア

BUMDEEP(バムディープ) - スノーボードウェア

スクスク・ワンテン - (キッズ用スニーカー)

ナースウォーカー - (看護士用スニーカー)

はだしウォーカー - (ウォーキング用シューズ、ショップ・マニフィカ(旧住商ホームショッピング)通販限定))

ウィンジョブ - 安全靴(ワーキングシューズ)

他にエアボーンなどと提携している。

主な契約選手

ゴルフ - 片山晋呉

サッカー - 乾貴士、 川口能活、三都主アレサンドロ、小野伸二、谷口博之、京川舞、大迫勇也

水泳 - 萩原智子、中西悠子

卓球 - 四元奈生美、石川佳純

テニス - ガエル・モンフィス、杉山愛

バスケットボール - 佐古賢一、岡田優介

バレーボール - 宇佐美大輔、清水邦広、福澤達哉

野球 - イチロー(シューズ、エルボーガード、アンダーシャツおよびアンダーソックス)、金本知憲、藤川球児、工藤公康、岩瀬仁紀、高橋由伸、福留孝介、今岡誠、川崎宗則、井端弘和、糸井嘉男、赤田将吾、英智(いずれもスパイクのみ)、小坂誠、井口資仁、前田智徳、涌井秀章、今江敏晃、鈴木尚広、ダルビッシュ有、大谷翔平

陸上競技 - 高橋尚子、有森裕子、野口みずき、土佐礼子、福島千里、藤永佳子、佐藤敦之、醍醐直幸、渋井陽子、中村友梨香、すみれ、大櫛エリカ

ボクシング - 黒木優子

ユニフォームサプライチーム

クリケット

クリケットオーストラリア代表

ラグビー

ラグビー南アフリカ共和国代表

ラグビーオーストラリア代表

野球

中日ドラゴンズ

サッカー

ヴィッセル神戸

栃木ウーヴァFC

アタランタ

カリアリ

ジェーノア

レッチェ

エンポリ

リヴォルノ

バスケットボール

日本代表チーム

JX-ENEOSサンフラワーズ

東芝ブレイブサンダース神奈川

三菱電機ダイヤモンドドルフィンズ名古屋

バレーボール

男子日本代表チーム

デンソー・エアリービーズ

東レ・アローズ (男子)

パイオニアレッドウィングス

JTサンダーズ

JTマーヴェラス

サントリーサンバーズ

パナソニック・パンサーズ

豊田合成トレフェルサ

大分三好ヴァイセアドラー

日立リヴァーレ

バレーボールイタリア男子代表

バレーボールイタリア女子代表

バレーボールドイツ男子代表

バレーボールドイツ女子代表

Molico/ネスレ-オザスコ

ハンドボール

日本代表チーム

フットサル

名古屋オーシャンズ

研究機関

アシックス スポーツ工学研究所 - 1985年(昭和60年)設立

関連会社

日本

アシックスジャパン[13](東京都江東区)

アシックス販売株式会社 [13](東京都江東区)

アシックスキャピタル株式会社[13](神戸市中央区)

アシックス物流株式会社[13](兵庫県西宮市)

アシックスアパレル工業[13](福井県越前市)(スポーツウエア等の製造)

山陰アシックス工業[13](鳥取県境港市)(スポーツシューズ等の製造)

アシックス商事[13](神戸市須磨区)(シューズ製品の製造・販売、物資の販売・輸出入)

主にジュニア向けの靴として有名な「TIGON」「DASH」シリーズはアシックス商事で取り扱っている。

2009年(平成21年)4月以降、ヤッターマンのスポンサーでもある。

株式会社ニシ・スポーツ[13](東京都江東区)

世界

アシックスアメリカコーポレーション(アメリカ カリフォルニア州アーバイン)

アシックスヨーロッパB.V.(オランダ 北ホラント州ハーレマーメール郡ホーフトドルプ)

アシックスドイチェラントGmbH(ドイツ ノルトライン=ヴェストファーレン州ノイス)

アシックスフランスS.A.S(フランス エロー県モギオ)

アシックスUKリミテッド(イギリス チェルシー)

アシックスオセアニアPTY.LTD(オーストラリア ニューサウスウェールズ州)

アシックスイタリアS.p.A.(イタリア ピエモンテ州クーネオ)

通信販売

アシックスファミリークラブ

脚注

^ アシックス公式サイト

^ 鬼塚喜八郎も『「三人のオーナーが集まって足が六本、アシックス」といわれたのには参った。』と著書「私の履歴書」に書いている。

^ この当時から社名の読みは「おにつか」であり、「おにづか」とは濁らない。創業者・鬼塚喜八郎の戸籍上の名字の読みも「おにつか」である。

^ 後の1957年(昭和32年)に商標権を譲り受けている。

^ アシックス、スウェーデンアウトドア大手ホグロフス買収 Fashionsnap.com、2010年7月13日。

^ “沿革”. 株式会社アシックス. 2015年8月19日閲覧。

^ “国内のグループ組織再編(吸収分割および吸収合併)に関するお知らせ”. 株式会社アシックス (2012年7月19日). 2015年8月19日閲覧。

^ “野球用品「ローリングス」との契約終了 アシックス”. 日本経済新聞 (2012年6月18日). 2015年8月19日閲覧。

^ “お客さまへの重要なお知らせ アウトドア商品販売終了に伴う修理対応についてのお知らせ”. 株式会社アシックス (2013年6月24日). 2015年8月19日閲覧。

^ 出典:1990年7月24日 日本経済新聞『私の履歴書 鬼塚喜八郎』

^ 合併前は株式会社ジィティオが国内代理店となっていた。

^ アウトドア商品(TARAS BOULBA)は2013年に終了した。

^ a b c d e f g h “会社概要 国内関係会社”. 株式会社アシックス. 2015年8月19日閲覧。

 

・「アシックス」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2016年8月20日 (土) UTC、URL: http://ja.wikipedia.org